ナリタブライアンは最強だったのか。それとも残念な三冠馬だったのか。人間のエゴに振り回された可愛そうな競走馬だったのだろうか。
確かに、股関節を故障した後の彼は見るに堪えない三冠馬であった。
1995年天皇賞(秋)、当時の自分は三冠馬というのは多少状態が悪くても格好はつけるものだと思っていた(ミスターシービーがジャパンカップで惨敗したのは知っていたが都合よく例外としていた)。
蓋を開けてみると見るも無残な負け方。しばらく呆然としていた記憶が残っている。今となってみれば当たり前のことだが「競馬に絶対はない」ことを身をもって知ることとなった初めてのレースだった。
その後のナリタブライアンの調子は徐々に上向きではあったが、全盛期には程遠い。伝説となっている阪神大賞典でのマヤノトップガンとの叩き合いも素直に喜べないもどかしさがあった。
1996年天皇賞(春)。嫌な予感はしていた。結果はサクラローレルの2着。まだ本調子ではなかった、終始かかり気味だったことが響いた、敗因はいくつか挙げられるがはっきりいってサクラローレルは強かった。
そして当時の競馬ファンを驚かせる大ニュースがアナウンスされる。
意味がわからなかった。
この年からG1として施行される「1200m」のレースに「三冠馬」で「3200mを走ったばかりの馬」をなぜ参戦させるのだろうかと。
こればかりはリアルタイムでないと衝撃の程はわからないと思う。
今のように5ちゃんやSNSがあったわけではないので当時の空気というのは正直わからない。残念ながら自分の周りには競馬好きがいなかったので一人で悶々としていた。
けど批判的な人が多かったはずだ。テレビや雑誌でもそのような意見は少なくなかった。
自分もその一人だ。
今だったら炎上して下手したら出走取りやめに追い込まれるかもしれない。そのくらいインパクトをあたえるニュースだった。
結果、ナリタブライアンは4着。
大健闘だろう。さすがにスプリント路線でしのぎを削ってきた相手では分が悪かった。それでもここまでアジャストできたのはこの馬の能力の高さの証でもある。
その後宝塚記念を目指していたナリタブライアンは脚部不安を発症し引退。スプリント参戦が響いたのかそれはわからない。
とにかく全盛期を知る人間にとって寂しい結末となってしまった。
では、高松宮杯参戦は間違っていたのか。
当時、確かに自分はスプリントG1に参戦させたことに腹を立てていたことは事実なのだが、時間が経つにつれてあれでよかったんじゃないかと今では考えるようになった。
ナリタブライアンを「そこそこ強いG1馬」として現役続行させることのほうが酷だった気がしてならない。あの時のサクラローレルに勝てたとは思えない。股関節をやってしまった時点でもう終わっていたのではないだろうか。
思うに、ナリタブライアンは余白がありすぎるのだ。怪我さえなければ、スプリントに使わなければ、ゆったりしたローテーションが組まれていれば…。タラレバは言いたくなるが、その余白こそがこの馬を語る上での魅力であると同時に弱点でもある。
ナリタブライアン以降に現れた三冠馬は2019年3月の時点で2頭。
戦績だけ見れば、ほぼ完璧だったディープインパクト、凱旋門賞2年連続2着オルフェーヴルのほうが上だ。2頭とも長期離脱なく現役を終えた。無事是名馬とはいうが、その通りとしか言いようがない。
時代が流れていく中で今後もその存在感は歴代三冠馬カテゴリーの中では薄れていくだろう。もちろん幻想の中でなら最強説はいくらでも唱えられる。だがそれはそれで虚しい。
だとすると結果論でしかないが、高松宮杯参戦というのはもしかしたらナリタブライアンをただの落ちぶれた三冠馬で終わらせない唯一の方策であり救いだったのかもしれない。この先も三冠馬は現れるだろうがこんなバカローテ(一見無謀にしか見えないローテーション)で走る三冠馬はもう出てこないだろう。関係者にそこまでの思惑はなかったとは思うけど。
そしてなにより面白かったことは事実なのである。もうここまでのバカローテになってくると血統馬場距離適性ジョッキーとか関係なくて、果たして何が起こるのか、その一点だけ。全く見当がつかない。一週間気が気でなく、当日はテレビにかじりつき、レースが終わった後はしばらく放心状態になっていた。
1996年高松宮杯は自分が見てきた中で間違いなく「一番面白かったレース」。
今は当時よりさらにレース体系が細分化されてそれ自体良いことなのは間違いない。海外遠征や芝G1馬をダートに参戦させたり逆にダート馬を芝で走らせたり距離伸ばしたり縮めたりすることに批判が起きがちでその気持もよくわかる。
ただ、それと同時に微かに湧き起こる期待感や競馬にエンターテイメントを求める自分がいることも否定できない。大抵失望に終わるのだが、それでも何か起こるんじゃないか、やってみないとわからないだろうと。
そんなこんなでバカローテは嫌いになれない。ナリタブライアンは三冠馬に相応しくないローテーションを組まされたのかもしれない。馬に負担をかけないローテーションというのはあるはずだしできるだけそうすべきなのだが、では、“正しい”ローテーションとは何かと問われると正解は今でもわからない。
ナリタブライアン高松宮杯参戦には馬優先主義と競馬は果たしてどこまで両立するのかという問題も含まれていた。
競馬は勝負の世界でありギャンブルである。そんなことはわかっている。それでも勝ち負けだけではない多角的な視点から競馬を観る愉しさにも気づかせてくれた馬であり、ただ強いだけではなくどこか影もあったナリタブライアンはいつまでも思い出深い存在なのである。
ナリタブライアンは最強ではなかった。でも、最高だった。