ツイッターで昔からしつこく高速馬場問題についてつぶやいていたのだが、数少ないフォロワーからのまたかよという幻聴が聞こえはじめた気がするのでこっちに書いとく。このテーマ自体すでに何周も議論されてきたことであり、今さら目新しいことは何もない。それでもなぜ自分は高速馬場問題への興味が尽きないのか。
自分が高速馬場問題を初めて認識したのが95年の宝塚記念。ダンツシアトルが勝ち、ライスシャワーが故障したレース。
あの頃からすでに高速馬場批判は存在した。
その後、有名馬やクラシック候補の故障が相次ぐ。そしてサイレンススズカ。自分の感覚ではサイレンススズカで90年代の高速馬場批判は一度ピークに達したようにも思える。00年代に入ってからも批判は続いていたし、今も根強い。
しかし、故障した馬が気の毒なのは間違いないのだが、自分にはどうしても馬場だけが原因とは思えなかったのである。
それから現在に至るまで、素人なりに考え続けてきたが、現段階では「確かに時計は速い。でも、その数字にそこまでの意味はあるだろうか?」という結論になっている。細かい馬場のしくみのことは最後に参考文献リンクを貼っておくので興味があればそれらを読んでください。丸投げします。
JRAの主張は昔から一貫している。
もちろん高速馬場を意図的に作っているわけはなく、重視しているのは、「均一性」「平坦性」「クッション性」であり、この3つをバランスよく追求し、あくまで人馬の安全が第一である、と。
理にかなっていると思う。実際に馬場開放で府中の馬場を踏んでみた印象はフカフカ。コンクリートのような馬場では全くない。
よく「パンパンの良馬場」という表現が使われているが、これがまた誤解を招いているような気がしないでもない。「造園課特製フカフカの良馬場」とかでいいんじゃないの。
とはいえ、内はボコボコ。
レースの合間に補修作業は行われているわけだが、どうなのだろう。当日のレース映像を確認すると午後のレースではほとんどのジョッキーが外を選択していた。
ちなみに2017年の馬場開放にも参加したのだが、やはり外はフカフカで内はボコボコ。ところが、この日は内を選択するジョッキーが多かった。自分の感覚としては17年も18年もそう変わらなかったのだが、見た目だけの問題ではなかったり、ジョッキーから言わせると全然違うのかもしれんね。


興味深いのは、なぜここまで高速馬場へのマイナスイメージが定着したのだろうかということだ。
もちろん速い馬場がいいとは全く思わない。
時計が遅いことは安全面で観客を安心させる効果もあるだろう(遅ければ遅いでレベルが低いだの言われがちだが)。レコードを叩き出す馬は確かに優秀だ。しかし、数字を見るのなら重要なのはラップであって、複合的な要因が重なった結果でしかない走破時計に絶対的な意味はないというのが自分のスタンスなのだが…これまた長い話になるので今回は割愛。
もっとも、馬の故障はほとんどの競馬ファンにとってショッキングなことであり、「高速馬場」にその怒りをぶつけたくなる気持ちはわからなくはない。
専門家でも故障の原因を特定するのは難しいのだろう。ジョッキー、調教師、馬主の責任にするのは酷なこともある。誰かが犯人にならなければならない時がある。そういう時に都合がいいのが馬場。
造園課は大変だろうが、馬場にガス抜きとしての役目を担ってもらうのも必要なのかもしれない。
しかし、時計が速い=硬くて危険、時計が遅い=軟らかくて安全という単純な二元論ではないはず。ましてや「ガラパゴス馬場」という表現には同意しない。日本の馬場が安全とは全く思わないが、特筆されるほど危険かは根拠が怪しい。
確かに2018年ジャパンカップでアーモンドアイが叩き出した時計は速すぎた。だが、それだけだ。もちろんアーモンドアイが名馬であることに異論はない。しかし、あれから4ヶ月以上経過し、ドバイでも快勝したわけで、仮に今後故障したとしてもあの日の馬場だけに原因を求めるのは厳しい。
日本馬の海外遠征、海外馬の日本遠征、いつも真っ先に敗因として挙げられるのは馬場。確かに馬場も一因だが、それがすべてとは思えない。
とはいえ、日本の馬場はイメージほど硬いわけではないのですよと海外勢にアピールしたところで、あの走破時計を見てしまったらジャパンカップ参戦に積極的にはなれないだろうな…。
アーモンドアイを管理する国枝調教師はもう少し時計がかかる馬場を望んでいるようだ。
私は香港国際競走の時計が一つの目安かなと考えていて、マイルで1分34~35秒台、2000㍍で2分1秒台。これくらいが理想ですね
国枝調教師のコメントが管理馬の安全を願ってのことであるのは言うまでもないのだが、では理想の馬場や時計とは一体どんなものなのかと問われると、これは難しい。誰かにとって有利な馬場は誰かにとっては不利な馬場でもある。逆も然り。
自分はJRAの馬場造りの方針が間違っているとは思わないが、かといって揺り戻しで大げさにJRAを持ち上げるのもちょっと違う。正解がないしな。今の路線でもいいと思うのだが、走破時計をなんらかの方法で遅くすることが求められる時代になっていくのかも。落とし所はどこなんでしょうね。
走破時計の話になると、欧州(大抵どの競馬場のことを指してるのかよくわからんが)との比較を持ち出されるのがお約束である。日本も散水して時計を遅くすべきという意見が昔からあるが、
公正面の問題と路盤の違いから、日本では必要以上の散水は行わない
小島友実『馬場のすべて教えます』(2015)主婦の友社 p.159
水はけが悪いと馬場は田んぼのようにどろどろになってしまい、競走馬の肢をしっかり受け止められず、故障の原因になる。(中略)降水量の多い日本の馬場は、水はけ対策なしでは成立しない。
必要なのはバランスであって散水して軟らかくすればすべて解決というわけではないのだろう。
ちなみに、『馬場のすべて教えます』ではより詳しくロンシャンと府中の路盤の違いが解説されている。
いずれにせよ、安全第一であることは大前提として、様々なタイプの馬場(コース)があっていい。馬場は各国違ってみんないいし、みんなダメなところもあるんでないの。仮に実現できたとしても、全世界全く同じ条件で施行される競馬の世界なんて面白いだろうか。血統も似た傾向にならないかね。競馬の世界は「違う」からいい。
と、ダラダラ述べてきたが正直自分もわからないことだらけです。
馬場に限った話でもないが因果関係は100%ないという証明は無理。データも今の時代探せば出てくるのだが、玉石混交でどれを参考にしたらいいのかわからんというのが正直なところ。政府と統計とジョッキーは嘘をつくし。と誰かが言ったとか言わなかったとか。それでもイメージだけで語られるよりかはマシだが。
もしかしたら、やっぱり高速馬場と故障には因果関係あるんやでーというデータが出てくる可能性だってある。自分がこうして書いているエントリーの内容だって5年後には的外れなものになっているかもしれない。そんなもんです。
そしたらそしたでアップデートしてまた調べて考えていけばいいんです。血統論や時計論などに比べると馬場論があまりにもデータや論理抜きで話が進められていたことが不可解なのである。これはJRAのインフォメーションが足りていなかったことも原因だと思うが。
2018年7月27日より含水率が公表され、今後は硬度測定値まで公表されるという。いい流れだとは思うが、その数字だけで判断されて、また単純な善悪二元論が展開されないといいけど。なぜ日本はこの硬度なのか、なぜもっと軟らかくできないのか、その理由まで説明する必要が出てくるのでしょうな。
いずれにせよ、JRAがどれだけ懇切丁寧に説明しても誰もが納得するということはないだろう。それくらい根深く理屈を超えた何かが高速馬場論争にはある。むしろ興味を惹かれるのは馬場論よりその何かだったりする。
調べれば調べるほど、イメージや情が先行して扇動的に語られがちな「高速馬場」の実態が見えてこない。馬が可哀想という情、欧州絶対主義、一部の予想家のバイアス、JRAへの憂さ晴らし、根拠が乏しい伝聞、群集心理、それらが組み合わさり、実態から乖離した「高速馬場」という概念が独り歩きし続けている気がしてならない。
ただ、自分自身反省することもありまして、長年この問題を追っていたせいもあってか、走破時計だけで善悪を判断するいつもの光景を見るとつい感情的になってしまうことがあった。何の事はない、情が先行しているのは自分も同じだったのである。これでは自分に都合がいいデータだけを信じるなど、いずれどこかで見誤るでしょうね。人のことは言えんということです。難しいんですけどね。
高速馬場問題というのは、まるで蜃気楼でも追っているかのようなミステリーなのである。それと同時に、競馬の枠組みを超えた論理と情のせめぎ合いでもあり、俯瞰してわかった気になっている自分のような人間の醜悪な部分を浮かび上がらせ、自省までをも促す鏡でもある。だからこそ惹かれてしまうのだろう。
参考文献

JRA全競馬場・コース完全解析 コースの鬼! 3rd Edition (競馬王 馬券攻略本シリーズ)
- 作者: 城崎哲
- 出版社/メーカー: ガイドワークス
- 発売日: 2015/12/25
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1st Editionは2000年。どちらかというとコース解説メインで予想寄り。少し情報が古くなるが馬場の仕組みを詳しく解説しているのは新書版。JRAの馬場造りとコースの変遷をたどるうえで、どのEditionも貴重。

馬場のすべて教えます~JRA全コース徹底解説~ (競馬道OnLine選書)
- 作者: 小島友実,サラブレッド血統センター,競馬道OnLine編集部,.
- 出版社/メーカー: 主婦の友社
- 発売日: 2015/04/15
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とっつきにくい馬場論を読みやすくする工夫が随所になされている。かといってライトな内容というわけでもなくボリュームもある。とりあえず馬場本といえばこれ。
泣く子も黙るブルーバックス。馬場の解説もあるが文量は少ない。馬場本というよりタイトル通り競走馬の仕組み本。
サラブレッド学本なので「競走馬の科学」とテイストは同じだが、本書で展開される馬場論は興味深い。日米欧の違いから馬場の多様性を説いている。

JRAディープ・インサイド 主催者が語る日本競馬の未来 (スマートブックス)
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JRAの中の人や業界人へのインタビュー本。これも馬場本ではなく、元々2003年の本なので内容は少し古いが、高速馬場への疑問を直接ぶつける著者とJRA職員とのやりとりは読み応えがある。