ルメールが騎乗停止なり、ダービーに出走予定であるサートゥルナーリアの鞍上が空いた。これを書いている時点では正式決定ではないが短期免許で来日中のダミアン・レーンで調整中とのこと。
まず自分のスタンスを書いておく。
・ダービー至上主義には否定的。ダービーに特に思い入れなし
・都合がいい時だけ持ち出される「勝負の世界」に否定的(競馬好きとしては致命的だと自覚しています)
・海外遠征には肯定的。外国馬の日本遠征もちろんウェルカム
・短期免許にはやや肯定的
・通年免許にはやや否定的
では、今回短期免許で初来日したレーンを、大本命になるであろうサートゥルナーリアに乗せるのはアリかナシか問題なのだが、これが自分の中でもどう処理していいかわからないでいる。
個人的な観点でいえば、ダービーに思い入れがないのなら誰が乗ってもいいと思うはずだし、勝負の世界理論でいえば、自分も真っ先に思い浮かんだのはレーンだった。
にもかかわらず、今回は「ちょっと待て。そんなあっさりでいいのかよ」と頭の中で何かが鳴ったのだ。
ブラストワンピース乗り替わりの件からいってもノーザンのヴィジョンはある意味わかりやすい。そして自分はノーザンがそこまで悪だとも思っていない。たまにむかつくけど。
早田が潰れてビワハイジを拾ったのはノーザンだったわけで、それがなかったからブエナビスタは生まれなかった。それ以外にもノーザンに拾われなければ助からなかった人馬がいたのも事実。まあ見方を変えればハゲタカではある。吉田善哉の伝記は非常に面白いのだが、それを読む限り、時に強引なノーザンの手法は次男勝己の個性と果たして無関係なのだろうかとも思う。
自分は競馬を遠く離れた世界の話とは考えていない。
勝負の世界理論でいえば、負けるやつが悪い。だからレベルが高い外国人ジョッキーにポジション取られても仕方ないという考えは理屈としては全くその通り。
だが、誰だって食い扶持が奪われたら心中穏やかではいられない。
自分はその奪われる側から見てしまう。
しかもダービーでもそれやるんだと、このレースに思い入れがない自分ですら思った。
中舘英二が引退式でこれから日本人ジョッキーはますます厳しくなりますと言ってたこと、ついでに村田一誠が昔ブログで外国人ジョッキーに暴言吐いて炎上してもうた件も思い出した。
村田にも落ち度はあったが、心情的には伝わってくるものはあったんですよ正直言って。
ケースバイケースで外国人ジョッキー起用について批判はあっていいし、何でも排外主義と結び付けるのはそれはそれでいきすぎだろう。
では、自分が日本人ジョッキーファーストかというと、これがそうでもない。
特に海外遠征ならその競馬場をよく知るジョッキーに任せたほうがベターという考えを持っている。例えばロンシャンの武豊を自分は信用していない。ホームのジョッキーに任せたほうがいいという考え。契約上の問題等が出てくるが、だからこそちょうどいいのがルメールなんでしょうな。
反対に(さすがに馬にもよるが)日本のレースでは海外陣営は日本人ジョッキーをもう少し信用してもいいのではと思っている。もちろん言語の壁、馬との意思疎通の問題は大きい。調子落ち、馬場、環境の変化による精神的な問題もあっただろうが、ジャパンカップに参戦した時のデインドリームの鞍上が当時はまだ府中と日本競馬の「空気」がわかっていなかったシュタルケではなく、府中に乗り慣れているジョッキーだったら、と想像することがある。まあそうすると府中をよく知っている外国人ジョッキーでもいいということになるか。
そんな感じで騎手に関しては保守的な考えを持っているのだが、馬に関してはガンガン異文化交流してほしいんですよね。競馬の世界戦は文明の衝突だと思っていて、異種格闘技戦のような面白さがある。
時代の流れはどうしようもない。だが、あっさり外国人ジョッキーにしようと決める前に、せめてワンクッション置いたれよ、嘘でも日本人ジョッキーの可能性も探った空気は作ったれよと思うんですな。思ったより正式決定がスピーディーではないので、その辺まで計算してわざと発表を遅らせてるのかと勘ぐったりもしてるが、中のことはわからん。
ただ、自分も似たとこあるのでノーザンのドライさは嫌いではないのだが、あんまやりすぎてるとどこかで落とし穴待ってるんちゃいますかね、情も大事なんじゃないですかね、てなことを考えるわけです。情を軽んじて痛い目にあってきた自分が言うのもなんですが。
なんだかんだで最終的にはレーンがベターだと思うし、決まったら決まったでごちゃごちゃ言うつもりもない。でも、客側もあっさり受け入れてないでもう少し煮詰めたほうがいいんじゃないかと思うんですな。
自分も何で真っ先にレーンが思い浮かんだのか、色々考えてます。レベル的には申し分なさそう、失敗しても短期免許の騎手のほうが何かと都合がいい、日本人ジョッキーが選ばれる方が酷かもしれないとか、そんなとこだと思うのだが決定的な理由が自分でもわからない。
でも、ここをなんとなくで通過したら今後増すであろうただの外国人ジョッキーヘイトとノーザンヘイトに乗っかってしまいそうな気がしたんですよね。自分の中にもそういったものが絶対芽生えないなんて自信はないんですよ。だからこそ今のうちに理論を構築して、ゆるやかでも自分のボーダーラインを設定しておく必要があると思った。現に今回の件でこうして思うところはあったわけで。まあそんなこと物ともしない次元で生きてる組織なのだろうけど。
同情でもないが、あのルメールがあそこまで強引になってしまったのも、彼が現在置かれている状況がそれだけ尋常ではないのでしょうな。
てなことで、今回は過程を疎かにしたらアカンと思ったわけです。
ここまで書いてきて結局他の騎手だったら。。それはそれでまた考える。